東京セミナー
昨日は、東京の三鷹でセミナーをおこなってきました。
帰って、ご飯食べたら、速効で夢の中でした。
毎回思うのですが、セミナーをやると、全部出し切ってしまって自分には何も残ってないと感じます。
つまり、次ぎのセミナーはどうしようかと思います。
それまではあれもこれも・・・と思っていても、最終的には核心の話しをしてしまうので、これを聞いたら、もう教えることなんて何も残ってないやんって思ってしまうからです。
でも内容がない訳ではないから、毎回来てくれるんやろなぁ~って思ったりしてます。
私のセミナーはコンサートに行くのと大差ないなぁ~と思います。
ゴリゴリに概念を勉強したいと思っている人には向かない内容です。
でも概念は、過去のものなんです。
だから、どこかに記録されてます。検索の仕方が悪いと引き出せません。
それじゃ~検索の仕方を学ばないと、いくら技術を学んでも意味ないんじゃないかと思います。
しかし、例え検索がうまくなっても、引き出した概念が、今、目の前にいる患者さんに通用するかと言われれば何の関係もないことも多いです。
その人は、その人なんです。
自分自身、又は誰かが経験したり学んだ過去の記録だけで判断しようとしても当てはまりません。
臨床上、それってどうなん?
って思った人、すなわち臨床を真剣にやろうと思った人達だけが味わえる感覚なんだろうなと思います。そんな人が自分自身に気づいてもらえるようにする内容なんじゃないかと思います。
世の中には学者さんのような方がゴロゴロいて、日々、それらは更新されてますが、それをいくら更新しても何も変わりはありません。過去だけを勉強しても、その概念にあてはまるような人は、どれだけかはいますが、必ず当てはまらない人がいます。それが意外に多いことに気づくだけです。
それでもどこかに当てはめようと努力しても徒労に終わったりします。
そんな気持ちになった人向けのセミナーなんじゃないかと思ったりします。
経絡を触ってます。
経絡は目に見えません。
だからありません。
でもある。
何を言っているかわからないと思います。
それがなぜわからないのかを説明しています。
どうすれば触れるのか?
殆どの人は、その違いを体験してもらえました。つまり経絡はあると認識してもらえました。
感覚ではありません。感覚は邪魔なだけです。
だから感覚を研ぎ澄ませば余計にわからなくなります。
感覚じゃないんです。
その違いさえわかったら、全てがわかります。それがわからないと鍼灸や経絡の話しは、よくできたおとぎ話のようなものです。ウルトラマンの背の高さを論じているようなものです。想像の中だけの世界です。
それって楽しいんかなぁ~?
楽しいと思うからあるんだろうなぁ~と思ったりします。
でも、本当にそれって楽しいん?
なんの為に経絡を学んでいるん?
って疑問に思う人だけが来てくれるんだと思います。
今回は一切、募集をしませんでした。
来年もやります。
それまでにネタを考えないと・・・。
でも、そのネタは全て自分で考えるから、かなりしんどい。
本には書いてないから身体を変化させられなかったら、そこで信頼関係はなくなります。
なかなか厳しいです。
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